深掘り*タカラヅカ

男役イメージの研究で修士号を取得した筆者が、宝塚をあれこれマニアックに深掘りします。イラストや創作も。

戦前の男役は、オフに男らしく振る舞うことを禁じられていた⁉︎【オフにおける男役イメージの変遷⑤】

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戦前の男役シリーズも今回がラスト!

 

今回は、

「戦前の男役は、オフに男らしく振る舞うことを禁じられていた⁉︎」

ということについて書いていきます🌠

 

 

 

現代の男役は、オフでもかっこいいポーズを取ったり、キザな仕草をしたりと、オフにおいても男らしく振る舞っていますよね。

 

 

しかし戦前の男役は、そのような振る舞いは禁じられていました😳

これは一体、どういうことなのでしょうか…⁉

 

前回確認した「変態」という概念も再び登場するので、思い出しておいて下さいね〜🙌

 

 

前回の④はこちらから👇

natsu3ichi.hatenablog.com

 

 

 

 

 

 

一三先生の憂鬱

時は1935年2月、レヴュー時代真っ盛りで男役人気が爆発していた頃。

「僕、兄貴、君」というような男性の言葉が生徒内ではやりつつあるという話を聞いて、一三先生は一寸憂鬱になります*1

 

そこで、男役だからといってその平生の態度までが「僕」「兄貴」ではないようにとした上で、そのようなことを生徒内で話し合うよう、男役の葦原邦子さんに手紙で求めました*2

 

 

オフにおける異性装と「変態」

このような指導がなされた理由として、オフまで男らしく振る舞うことは、前回確認した「変態」度を増すことに繋がってしまうからという点が考えられます。

 

例えば、同じ異性装の芸能である歌舞伎も、島村抱月により「日本の旧歌舞伎といふ如きは変態芸術」という批評がなされるなど、「変態」イメージが付いてしまったそうです。

 

そもそも、江戸時代の女形は初代芳澤あやめの教えにより、日常生活も女として暮らしていました*3

ja.wikipedia.org

 

 

しかし「変態芸術」の汚名を避けるため、歌舞伎界自身が、女形も舞台以外の日常を男性的に振る舞うよう強く求めるようになったそうです*4

 

確かに今の女形さんは、オフでは女装してないですよね~!

(というわけで(?)女形の中で一番大好きな、中村七之助さんのオフのお写真記事を貼っておきます😌💕BIG LOVE…)

www.fujingaho.jp

 

 

つまり異性装の舞台において変態のイメージを少しでも遠ざけるためには、舞台上のイメージをオフにまで引きずらないことが大切であったということでしょう。

 

 

 

葦原さんのご返答

上述の手紙に対し葦原さんは、以下のように返信しました。

 

生徒たる私達は絶対に、と云っても過言ではない位、家庭、或いは寄宿舎にあつては、何でもない普通の女の子と変りがないので御座います。それにどなたがお耳に入れたかは存じませんが、宝塚の学校の生徒同士の間で、君、兄貴、僕などといふ言葉を口にする者は一人もありません。それはどうか御安心下さいませ*5

 

以上のように、生徒はみな舞台を降りたら普通の女性であると断言し、一三先生が懸念するような言葉を使う者も存在しないと答えておられます。

 

 

 

ファッションの面から見ても、「普通の女性である」という男役の意識は見えまして…

 

 

オンでは爆イケな男役だった葦原さんが、

(葦原さんでお薦めなのは『憂愁婦人』カール役の、前髪をハラリと垂らしたプロマイドです…

今でも誰かの人生を狂わせるレベルでかっこいいと思います💘)

 

1937年の『宝塚グラフ』におけるオフのポート(左ページ)では、袴を着てばっちり「女学生」アピールをしておられます♥

dl.ndl.go.jp

 

 

また右ページの小夜福子さんは、戦前においては少数派な洋服姿ですが、こちらもワンピースという、女性としての装いをしていらっしゃいますよね👗

 

 

 

ファンは男らしさを求めていた?

加えて葦原さんは、「男役に関し、舞台で男になるから普段までもそのつもりで考えているファンには弱っている*6」とも述べておられます。

 

つまりこの返信が書かれた1935年当時から、舞台上の男役イメージをオフにまで重ねて見るという、今と同じようなファンの受容の形があったということが確認できます。

 

今も昔も、ファン心理は同じということですかね~

いやはや面白い!!!!!

 

 

しかし「変態」というイメージを避けるためにも、そのようなファンの期待には答えず、舞台を降りたら男役は女性であることを求められていました。

そして男役自身もまた、それをしっかりと守っていたということが分かります。

 

 

 

もし一三先生が生きておられたら…?

このように一三先生は、

「男役がオフでも男らしく振る舞うことは断固反対!」という立場を取っておられました。

 

もし今も一三先生がご存命で、オフでも男役らしい服を着てかっこよく振る舞う男役の姿をご覧になったら、どう思われるでしょうか?

「けしからん!」と思われるのでしょうか…😅

 

 

ですが、そもそも一三先生がこのような立場を取ったのは、当時男装が「変態」とみなされていたのが理由でした。

 

なので、男装がもはや変態と思われなくなった今では、立場が全く変わっている可能性もありますよね❗

 

 

 

「男役 VS 変態イメージ」に興味を持たれた方は、

ジェニファー・ロバートソンさんの『踊る帝国主義―宝塚をめぐるセクシュアルポリティクスと大衆文化 』もご覧ください~!

 

今まであまり大っぴらに語られて来なかった宝塚の側面に興味のある方は、読んでいて絶対に楽しいと思われます😎

(「変態イメージ」とか、同性愛とか、ジェンダーとか、帝国主義とか、オリエンタリズムとか、軍のプロパガンダ・レヴューとか…

これらのキーワードにピンときた方は、是非にです!)

 

 

 

次回はいよいよ、ファッションに目まぐるしい変化が起こる戦後へと突入します👔

洋服が主流となる中で、男役はどのような服装をしていったのでしょうか…❓

 

 

 

 

⑥はこちらからどうぞ👇

natsu3ichi.hatenablog.com

 

 

 

 

 

読んで下さってありがとうございます🎩🌟

 

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*1:小林一三「『男装の麗人』とは?」『歌劇』1935年4月号、歌劇発行所、p.11

*2:小林、前掲刊、p.11

*3:三橋順子『女装と日本人』講談社、2008年、p.89

*4:三橋、前掲書、p.169

*5:小林、前掲刊、p.11(旧字体新字体に改めた)

*6:小林、前掲刊、p.11