深掘り*タカラヅカ

男役イメージの研究で修士号を取得した筆者が、宝塚をあれこれマニアックに深掘りします。

「ドール・オペラ」考 『CRYSTAL TAKARAZUKA』より

 

さてさて、記念すべき第一作品めは

『CRYSTAL TAKARAZUKA- イメージの結晶 ‐』!!

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作・演出は中村暁先生で、初演は2014年月組大劇場公演、2017年の月組全国ツアー公演で再演されました。

この作品が大好きで、何度も繰り返し映像で見てます。全ツでの再演が決まった時には、嬉しくて思わず京都から広島まで遠征してしまいました。

 美弥さんがとにかくかわいいシンデレラのシーンなど、見どころは沢山ありますが、今回は、ちゃぴちゃんの人形ダンスが凄すぎる、

第3章「ドール・オペラ ‐人間の結晶 ‐」について深掘りしていきます。

 このシーンはストーリー仕立てとなっており、あらすじは以下です。

 

行方知れずの娘オランピアを探し求めて、名探偵ホフマンはコッペリウス博士の研究所に辿り着いた。自動人形たちの中に彼女を見つけたホフマンは、コッペリウスとの戦いの末、彼女を助け出す。しかし最終的には、オランピアは自動人形たちと同じ白い仮面を着け、人形となってしまう。

 

オランピア救出の後、とっても幸せなホフマンさんとのデュエットダンスがあるのですが、その幸せムードから一転してバッドエンドになる展開は、観客の驚きを誘います。

また、「オランピアが無事救出され、そのままホフマンさんと結ばれるハッピーエンドではどうしていけないのだろう…」と思ったりもしました。

 『歌劇』の座談会において、結末について中村先生は以下のように語っておられます。

ホフマンはオランピアを救出しますが、さて…。というところです*1

 

「さて…」というところが引っ掛かり、単にハッピーエンドにはならないこの結末には、何かが隠されているのではないかと考えました。

では、具体的に何が隠されているのかについて探っていきたいと思います!

 

 

 

バレエ《コッペリア》と、その原作『砂男』

 

パンフレットを読んでいると、さっそくヒントがありました。

 

「ドール・オペラ ‐人間の結晶 ‐」は、バレエ「コッペリア」の現代風ダンス・ストーリーです*2

では、《コッペリア》のあらすじを確認してみましょう。

ja.wikipedia.org

コッぺリウスや自動人形といったキャラクターは一致していますが、「ドール・オペラ」のストーリーは《コッペリア》とは大きく異なっていることが分かります。

コッペリア》はあまり関連はなさそうだ…そこで次に、《コッペリア》の原作であるE.T.A.ホフマンの小説『砂男』に注目します。

ja.wikipedia.org

 やっとここで「ドール・オペラ」のヒロインの名前が登場しました!(オリンピアのフランス語読みがオランピア

 

『砂男』におけるオリンピアの不気味さについて

 

次に、『砂男』におけるオリンピアの描写に注目します。

 

歩き方にしても妙に規則正しいし、動作の一つ一つが、ぜんまい仕掛けで動いているみたいだ。ピアノも歌も、機械演奏みたいに拍子は不快なほど正確だが、心がこもっていない。ダンスも同じだ*3

 

来る日も来る日も、何時間も彼女のかたわらに座って、自分の恋心を、いきいきと燃え上がる共感を、ふたりの心の親和力を、夢見心地で語りつづけ、それをオリンピアはいとも慎ましやかにじっと聴いていた*4

 『砂男』におけるオリンピアの表現は、人間離れしている前者のようなものと、「聴く」といった生きているものに使う動詞を用いた後者のようなものが混在しています。実際に「彼女はいのちのない人形だったのだ*5」と種明かしされるのは人形が破壊される時であり、オリンピアが生きていないのか、または本物の人間であるのかは、物語の終盤まではっきりしません。

このような表現について、キャラクターが本物の人間なのか、または生きていない人形なのかがはっきりしない時、不気味という感情が引き起こされ、その心理的術策はE.T.A.ホフマンの『砂男』において成功を収めているという指摘があります*6

では、「ドール・オペラ」のオランピアについてはどうでしょうか。自動人形たちが着けている白い仮面と同じものを着けることから、オランピアは人形になってしまったと解釈することができます。しかし舞台上では、ホフマンが彼女に「オランピア…」と呼びかけるだけで、実際に彼女が人形になってしまったかは、はっきりしません。

また仮面を着ける直前まで生き生きと踊る、人間としての姿を目の当たりにしていることから、「オランピアは生きているのか?それとも人形になってしまったのか?」という疑問が、鑑賞者に生まれることが考えられます。

このように、ラストシーンにおいてオランピアは、本物の人間なのか、または生きていない人形なのかがはっきりしておらず、このことは鑑賞者に不気味さを与えると言えるでしょう。

以上より、不気味な感情が引き起こす表現がある為、「ドール・オペラ」の結末には『砂男』の影響があると考えられます。

 

オペラ《ホフマン物語》の影響について

 

最後に、同じく『砂男』をもとに作られた作品であるオペラ《ホフマン物語》についても見ておきましょう。(2008年に月組バウホールでやったやつですね。)

ja.wikipedia.org

こちらには、トップスターが演じるホフマンの名前が登場しております。「ドール・オペラ」というタイトルからしてみても、こちらからの影響もありそうです。

ホフマンは他の幕でも、瀕死の歌姫アントニアや高級娼婦ジュリエッタと恋に落ち、そして失恋をします。ホフマンは各幕で失恋を繰り返す人物として登場*7する為、《ホフマン物語》はホフマンの失恋物語であると言えるでしょう。

幸せそうなデュエットダンスの様子から、おそらく二人は恋に落ちていることでしょうが、オランピアが人形になってしまうことにより、二人は結ばれない…すなわちホフマンの失恋ということになります。

よってオランピアと結ばれないホフマンの失恋という結末は、《ホフマン物語》の影響があると言えるのではないでしょうか。

 

おわりに

 

以上の考察をまとめます。オランピアが人形となってしまい、ホフマンが失恋してしまうという「ドール・オペラ」の結末には、不気味さを持つ小説『砂男』や、主人公の失恋物語であるオペラ《ホフマン物語》の影響が隠されていると考えました。

 

 

 

長々と読んでくださり、誠にありがとうございます!!

こんな感じでこれからも書いていきたいと思います。

 

 

 

 

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*1:「CRYSTAL TAKARAZUKA- イメージの結晶 ‐」座談会、『歌劇』2014年10月号、宝塚クリエイティブアーツ、p.73

*2:公演プログラム『鳳凰伝』/『CRYSTAL TAKARAZUKA』阪急電鉄歌劇事業部、2017年、p.25

*3:E.T.A.ホフマン『砂男』大島かおり訳、光文社、2014年、p.66

*4:ホフマン、前掲書、p.68

*5:ホフマン、前掲書、p.72

*6:Ernst Anton Jentsch“Zur Psychologie des Umheimlichen”translated by Roy Sellars, p.11

https://theuncannything.files.wordpress.com/2012/09/jentsch_uncanny.pdf

原文は『精神病理・神経症学週報』22号及び23号、1906年

*7:香川檀(編)『人形の文化史 ヨーロッパの諸相から』水声社、2016年、p.157